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Posted by みやchan運営事務局 at

2009年08月15日

元気ですか?

今日は終戦記念日・・・・・


でもあり、亡くなったおばあの誕生日でもある特別な日。


毎年、この日になるとおばあの事を想い出す。

「おばあの好きだったもの達」
砂糖水・緑茶・ふかしいも・全ての花々・ネコ・絵を描くこと・わかばの煙草・・・・・・

そうそう、砂糖水を飲んでたのにはびっくりしたけど。

沖縄には砂糖水を飲む習慣があったらしい。

あと、「Mちゃん(私)、おいもさんどうぞ~^^」とよくティッシュに包んで私にくれた。

おっとりした性格だったけど、時々物思いにふけて遠くを眺めるおばあの姿は今でも憶えてる。
何を想い、何を感じていたのか・・・その想いはおばあにしか分からないことだけど。


今年は花屋の友達に頼んで、バースデー用の花かごを作ってもらい配達してもらいました。

天国のおばあ、喜んでくれたかなぁ・・・



おばあ、誕生日おめでとう!!

私は今日も元気です。
  


Posted by ミウ at 22:51Comments(4)おばあ

2009年06月23日

沖縄、慰霊の日

6月23日、今日沖縄は「慰霊の日」だ。

この世を去った私のばあちゃんが生まれ育った沖縄。
元気なうちにもう一度だけ、沖縄の地を踏ませてあげたかった。

だけど、ガンがあっという間におばあの身体を蝕んでいった。
あれから6年の歳月が流れた。


「慰霊の日」


15年戦争の中の第二次世界大戦でおばあのおにいが一人、命を失くした。
当時の心境を綴ったおばあの日記が遺品として実家に残されてる。

疎開してくる前は、沖縄で国語の教師として先生をしていたおばあ。
沖縄のひいおじいは、立派な人だったらしい。
写真を見てもその凛々しさがそれを語っている。
おばあは兄弟数人で宮崎に疎開してきた。

残った兄弟は沖縄で暮らしていたが、今はもう誰も生きていない。
ひとり、身内が居るようだが病気の具合が思わしくないよう。

あの時見たおばあの遺品の日記・・・・
見てはいけないようにも思ったけど、わたしは見たんだ。
・・・・・泣いた、声を出して泣いた。
どれほど沖縄に帰りたかっただろう、一冊のノートにその思いをぶちまけていた。
知る由もしない思いは、いつの日かおばあの心を壊していったんだと思うと
心が痛くなった、張り裂けそうだった。
誰も知らない土地に来て、
優しくしてくれた人に裏切られ、
孤独を味わい・・・・

だけど、宮崎のこの土地も
庭に咲くたくさんの花も
太陽も、雲も、空も・・・
好きみたいだった。
たくさんの絵を毎日、毎日描いて綴っていた。

もっと、もっとたくさん話を聞きたかった。
唄をうたいかたっか。
そういえば「月の砂漠」が好きでよく唄ってたなぁ


戦争でたくさんの命を落とし、終戦後日本はココまで
這い上がってきた。

今の日本があるのは、あの戦争があったから故に成り立った世界なのか?

戦争はあってはいけないもの。
戦争は嫌いだ。

平和を願い、あの日亡くなったたくさんの人を想い、
・・・・今年も黙祷。
  


Posted by ミウ at 12:58Comments(7)おばあ